2017年06月29日

弊習は難しいと思う

ご連絡をいただいた方から、意拳と他の武術との弊習ができるかという問いがあった。まあ、どこを目指すのかにもよるから一概に答えにくいところもある。養生として・・・健康重視で行うならば、どんなものとも非常に相性がよいと思ってはいる。身体を使うものだけでなく、哲学的なものでもいろいろな知見をくれるものと感じている。問題は、それによって山の奥まで進んでいこうと考えた場合である。非常に器用な人の場合、もしかしてそういうことができる人もいるかもしれないが、自分自身の経験からすると、とてつもなく難しいことと思うのでお勧めしないと答えたところだ。反復練習で繰り返し身に付けていくものであっても、想定している出来事がひとつ違うだけで、間合い、タイミング等がまったく異なり、身につくものも身につかない。まして身体感覚のOSを取り替えようとするような営みの場合にはどのような成長過程をとるのか想像がつかない。ごちゃごちゃ考えずに、ひとつに10年かけてみるほうが興味深いと思うのだけれど。
posted by 池山 at 06:54| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

ただ身体を振るのではなくて

守中と斜面の関係というのも、考えてみるとよくできているものだと思うところしきり。ほっておくと人間の意識は真っ直ぐ、真横、真上真下というところにこだわりがちになる。六面も、わかりやすいからそう表現しているのかもしれない。そうなると自ずと固さが見え隠れする。そもそも人の身体は斜めに、あるいは螺旋に動くのが自然な気がする。ただ身体を振るのではないというのは当然のことだ。
posted by 池山 at 06:26| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

反応とバランスのゲーム

足の踏み合い、膝相撲、頭の触りあい等々。反応とバランスの稽古もときに楽しい。ゲーム感覚があるし、楽しみながら進めていける。ただ、それも技術の末に堕することを理解しておきたいところだ。目的が何かはしっかりもちつつ、だと思う。
posted by 池山 at 06:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする