2017年10月22日

目的を心に定めて

推手は単に組手だけを繰り返す稽古で得ることのできない経験を与えてくれるとともに、身体を練るためにも大切である。また、兵者詭道也と言われるように、常に相手の虚をつく精神と技術も学べるものだ。これらは、漫然と意地を張って手を合わせる状態では上達しづらい。あくまで何を目的にして行うかをその時その時で考えながらやるべきだろうと思う。
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posted by 池山 at 17:26| 東京 ☔| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

派生的に得られるもの

意拳で身体内部の声を聴き続けていくと、ほどなく力を得ることができる。まあそれが目的であるから当然である。それに加えて、人によるのかもしれないけれど、まだ言葉になる前の体験・経験・感覚の総体みたいなものを感得していくためのまたとないトレーニングになるのではないかとも感じている。これは日常生活において他にかえがたい知見を与えてくれるものである。まあこのあたりは、個人的な注目点や興味によるし、一得会の稽古の主たる目的ではないが、身体的な練功とともに個人的に考えていきたいところである。
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posted by 池山 at 18:47| 東京 ☔| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

弾力

弾力はバネのような力である。綿の中に鉄の球を含んだようなもといわれ、いわゆる実中といわれる状態だ。それは整体の一表現であるし、六面の力が発揮された状態である。独立してそれだけがあるというものではない。多くの言を尽くしても、要は同じことを表現している。
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posted by 池山 at 17:49| 東京 ☔| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする